昭和40年01月04日 朝の御理解



 「信心の継承」という事が言われ、皆さんこの事を思われ同時に、その事を心配しておいでれるでしょうか。初代の時には御ヒレイを頂かれた教会、二代になり三代になり、ヒレイを落としていくという事実。いわゆる親のあとは継がんとさえ言う様な教会子弟。
 壱岐の末永先生ところなんかそうだったと思うね。お父さんが、あの年で布教をしておられるんですけれども、肝心要の長男の末永さんが、親のあとは絶対に継がんと言うておられた。ところが、おかげを頂いて、親のあとを継ぐ、継がんじゃない、もう荒地布教にでも出ろうかという勢いが、最近できてこられて、今年四月の、正式に学院入学をさせて頂くというお届けが、この正月にございました。ね。
 これは教会だけの事ではございません。お互いが「有難いなあ、お道の信心。金光様のご信心ちゃ有難いんだなあ」と、皆さんがどんなに有難く思われても、どんなに現在、おかげを受けられてもです、それが子に孫に伝わっていかないどもするなら、大変だと、こう思われる事はないですか。どうでもその、信心の継承がですね、なされなければならぬ。只、なるほど改式をしておる。ね。お道の信心に帰依してしもうておる。
 そしていわゆる今まで例えば仏教であったり、神道であったりしたものがです、お道の信心に帰依をして、いわば先祖から現在の自分たちまでが、今日お道によって助かるということになった。だからもう大丈夫。子供が金光教の信心を必ず続けてくれると言った様な考え方はあまりに安易です。よしそれがなら継承されたところでです、生きたものをなくしたらもうそれは値打ちはないです。だから問題は生きた信心が生き生きとしてです、子に孫に伝わっていく、それでなからなければならないという事です。
 昨夜、皆さん帰られましてから、長男と二人で、お初穂の整理をさせて頂いた。親子寄りますと、必ず信心話なんですけれども。「お父さん、僕はこんなに考えるんですよと。今、教団で、この教師も信者も天地の親神様の氏子に間違いはない、と。そういう一つの見地に立ってですね、お互い信心を進めていかなならない、と。」成程そうです。教師であろうが、信者であろうが、天地の親神様の氏子に間違いはないのです。ね。勿論それどころじゃないのですけれども。
 「けれども僕が思うのに、取次者は取次者としての道が僕はあると思う」とこう言うのです。それを私は聞かせて頂きながら、それはそれどころじゃないなあとこう思うた。天地の親神様の氏子に間違いはないのだけれども、金光大神のお手代わりとしての自覚というですかね。そのためにはやはり、教師として、手代わりのものとしての特別の修行というものがなされ、特別の道がつけられなければいけない、と。そして私は取次者としての心がけ、取次者としての一つの権威とでも言いますかね。
 これは、俺は取次者だというて尊大ぶるという意味ではないです。けれども、例えば取次を願う人がですね、金光大神のお取次を頂いておるという、敬虔な又はそうした権威に対する姿勢、態度と言うものがです、出来て初めて、お取次が、完全なお取次ができるのだ、と。これは先生と信者が仲良うなると。有難いことであるけれども、あんまり仲良うなりすぎると、私、これはもう十何年前に頂いたことなんですけれども、椛目では、どうも先生と信者が仲が良すぎるということを頂いたことがあった。
 過ぎたものが三つある。ね。おかげが過ぎておる。また、椛目の私を中心にした位なところに、信者が過ぎておる。信者がよすぎるね。おかげが過ぎて、信者が過ぎて、先生と信者の仲が良すぎるち。三つの過ぎる、ね。成程こうやって近くなってから、先生とこうやって相対してこうおると、頭を下げようと思うても下げられないち、ね。そうでしょうが。ここにおるなら、こう十分下げられるでしょう両方ともが。けれども、これがあんまり近うなると、下げようと思うても下げられない。
 そのことを私長男に申しますんです。日頃いわば肩をたたいて「どうですか」ちゅうごたる風なですたい、先生と信者の間柄であるとするとです、本当のお取次をさせて頂くときにですね、権威をもってお取次ができないち。これは決してね、あの道の教師として、只、その自分が金光大神の手代わり者だと威張った、そういう意味じゃないと。問題は、それだけの信心の開きというものがです、出来てこなければならない、と。先生、日夜お御苦労をかけてあいすいません、と。
 そういうようなものがです、信者の中に出来てくると同時に、それだけがたの信心の道というものを修行していかなければいけないと。ね。そこに、本当のお取次が、そのできるのだと。そういう、私が「勝彦、ここんところを一つ分からなきゃいけんぞ」というて話した時でした。もう、それこそ、お広前一杯に広がるような大きなおいさみを「カチッー!」と頂きました。身の縮むようなおいさみでした。「おまえが頂くなら、ここんところを頂かなきゃならんぞ。
 取次者として、ここんところが一番大事ぞ」というところをですね、頂いた途端でした。もうそんなおいさみは最近、あんなおいさみは、私は初めてでした。そういう風にして、取次者は取次者としての、いうなら、信心の継承がなされていきよる。してみると、やはり、こちら自体に生きたものがなからなければ、生きたものを渡すことは出来ないということになるです。ね。
 そこで、信心とはです、私共が、お道の信心というのは、もう限りなく、いうなら私がいつも言う、有難うならして頂くという以外にはない。有難くならして頂くためには、私共が限りなく改まっていかなければならんのであり、磨いていかなければならんのであり、限りなく美しゅうならせて頂くという事に焦点をおく。そこに、親子が、夫婦がです、いつも「有難いことじゃあるぞ、と。お母さん、ここばいっちょ俺達が改まっていかないかんぞ」と。親が子が又、夫婦がです。
 そういう話がいつも家庭の中になされていかなきゃならんのに、「うちのお父さんな、毎日毎日椛目に参りよるけれども、どこというていっちょん、普通と変わるところがなかじゃないか。我情我欲は言うておる。だらしはない。」これでは、生きた信心の継承はとてもおぼつかない、と私は思うんです。とても金光様の信心すりゃ有難かぞ、おかげ頂くぞという、そのおかげ位なことを見せただけでは駄目だということ。問題は、人物そのものがです変わっていかなければ。
 昨日は、朝から大変賑わいました。お広前が大変もう。私、昨日、そのことをしみじみ有難いと感じたことは、椛目の場合ですね、確かに、目に見えるおかげよりは目に見えないところのおかげの広い、広範囲にわたっておる、それを実感いたしましたですね。昨日なんかはですね、勿論、伊万里とか、二本木あたり、じゃないあの、上熊本あたりの、いわゆる団体参拝もございましたし、それで上と下で、こう正月の印はしておりましたけれども。それで、よけい賑わったわけなんですけれども。
 その合間合間に参ってみえる方達がですね、皆、その娘が嫁いっとるところの家族を引き連れてくることですね。息子がその嫁ごやらその家族を、連れて参ってきておることですね。それが、二組、三組じゃないです。私は、いつのまにか、只今私が申します、「ほんとに信心ちゃ有難いことじゃある。椛目の信心はこういう信心だ」というようなことがです、やはり,いつも話されておるからではないかと思うですね。だから、正月ともなるとこうして皆が集まってくる、ね。
 そん中に、秋永先生と光男さんのお導きで、光男さんの姉さんの婿さん、日本水産に勤めて、大変えらいんだそうです。親子四人連れで参ってみえられました。秋永先生達ともだから六人、参ってきたんですね。それで、その昼からでしたか、私あちらで、いろいろお話聞かせて頂いたりしたんですけれど。とにかくもう、光男さんが変わっていくのに、第一おやじがたまがっておるちゅうことです、両親が。十二人兄弟があるそうです。それに、確かに、うめやが言うこと、いわゆる秋永先生ですたい。
 二つ夫婦が、兄弟十二人こうやってよるでしょう。二人よると結局、二十四人集まるわけなんですね。それがとにかく、一番光っておる、言うことが。ああいう気持ちになれたなら楽だろうということなんですね。第一に、弟の光男さんが変わっていくのに、皆が目をみはっとるちゅうこと。はじめの間は、ちいっとこりゃ信心にボウケよりゃせんじゃろうかち、お父さんが心配しよんなさった。友良さん、こげんなことでよかろうか、と先生に言いよんなさった。
 ところが、最近は、もう行くたんべんに「もうあれが変わって、あれが変わって」というてから、その喜ばれる。だからもう金光様参りがことに使うならち言うてから、今度はもう本当にそれこそ最高な、あれは豪華な自家用車をお父さんが、今度買うてやっちゃるです。光男さんに。だからこれなら誰でんちがわんごとお参りするちゅう位の立派な車なんです。昨日もその車で皆、その参ってきとるわけなんです。ね。
 問題は、やはり目をみはるような、もう実をいうたら、もう変わらなければおられんのです。お道の信心は。ね。目をみはるような変わり方がなされるところにです、皆が注目する。そして、ああいう気持ちになれたら楽だろう、ということになってくるわけなんです、ね。これが、ましてその親と子ということの中に、信心の継承ということになる、ということはです、「とにかく磨くこと以外にはなかね。
 美しゅうなること以外にはなかね。そこに生き生きとした神様を現していくことが出来るんだ」という話がです、いつも絶えず、家庭の中になされていかなければいけない。「ホレ、見てごらん。私達が本気で磨こうちゅうたら、神様があげんして勇み立って下さるじゃないの」といったような雰囲気がです、例えば私と長男の夕べの雰囲気がです、ようなものがですたい。
 私はあって初めて本当の信心の継承ができるのじゃないかと思うんです。長男をやすませましてから、それから又、私、丁度一時すぎまで御祈念させて頂きました。そして、御神前に出らせて頂きましたら、頂くことがですね、『浄血』と頂きます。血を浄める、と。「ハハア、さっき勝彦と話したこと。これが信心の継承だ、と。生きた信心がこうして『お父さん、そうですね』と。『そうだ』と。しかも、神様がそれに相づちを打って下さるように、おかげをくださる」と。
 これが生き生きとした信心の継承なんだと。そのことについて私、御礼を申させて頂きよりましたら、いわゆる『浄血』と頂きます。そして次に、『心眼にです、万年青(おもと)がもうそれこそ生き生きとですね、真っ赤に真ん中に、このおもとの実は真っ赤でしょう、ある一鉢、頂くんですね。「ハハアー。おもととは万年青(まんねんあお)と書いてある。」本当に、この信心というのがね、親子孫位だけのことであってはならない。いついつまでもですね。
 信心がそういう風に継承されていかなければならない。しかも、生き生きとです。ね。そこで私は、私共いわば信心の皆さん初代になられるわけですね、先代になられるわけです。ね。先代の時には、いうなら初代の時にはです、こういうおかげを頂いて、ね、こういう徳を残しておってくれたおかげで、自分たちがあるんだということをですね、わからせられるだけの信心のおかげを、浄血のおかげを頂いとかなきゃ、めぐりのお取り払いを頂いとかなきゃならない。
 汚い血が流れておっては、それがいつまで、その汚い血が次の不浄になってくる。ね。先ず、血の浄まりを願わなきゃならない。いうなら、めぐりのお取り払いを根かぎり願わなきゃならないという事。人間と身代と健康(たっしゃ)と、それが二代、三代ね、三代続いて、そういうおかげが頂けたら、それが神の気感に叶うた氏子とこう仰る。神の気感に叶うだけの信心というものが基礎にできておらなければならないという事。只、目先のおかげだけにとどまらずにですね。
 只、親が信心しよるけん、こどもが参ってくるというだけのもんじゃ駄目です。生き生きとした働きがです、ね、親の上にあり、その親の上の働きが、子供の上にも感じさせれれるだけのものがなからなければ駄目です。もう、うちのお祖母ちゃんが、もう「金光様金光様」と。もう私どんが小さい時には、何ち言や、御神米、何ち言や御神酒さんでおかげ頂いた、と。成程、そういうような事だけがですね、只、子供に孫に印象を与えておるというだけのものじゃ駄目。
 子供も孫もです、お道の信心は、とにかく清まらせて頂く、と。本気で改まらせて頂く、と。本気で美しゅうならせて頂く。そこからしか、生き生きしたものが生まれないのだという思い込みです。それが、子供にも継承されて、いかなければです、私は、その万代までもというようなね、おかげにもならなければ、いうなら浄血にもなってこないとこう思うのですね。
 今の椛目で本当に、生き生きとした信心を頂かせてもろうて、ね、「本当にお父さん、信心ちゃ有難いなあ」と。その有難いなあということがです、「本当に、本気で改まる以外になかですね、お父さん」と。「本気で清まる以外にないですね」と、子供が言うてくれる雰囲気がですね、家族の中になからなければ駄目。信心の継承はむつかしい。只、お参りが一生懸命だから、只、もう反対せずにです、ね、も親孝行と思うちから、時々はお参りするというようなことでは駄目です。ね。
 とてもそれが二代までは、例えばそれが伝わるかもしれませんけれども、その息子が、んなら三代の孫に伝えることは、とても難しいです。ね。ですから本当に、生き生きとして私共がですね、変わっていかなければ駄目だって。本当に、自分達が改まって、おかげを現していかなければ駄目って。私は本当に、この信心の継承ということを本当に本気で、も少し考えなければいけないと思う。それなら、言うて聞かせたり、説明したりするのではなくて、生きたものを渡していかなければ駄目だと思う。
 そして、その生きたものを現すには、ここんところに、焦点を置く以外にないんだなあ、という事をです、子供が受け止めてくれる以外にゃないと思う。ね。それでこそ私は、神の気感に叶うた、氏子としてのです、家柄人筋となって、万代までもおかげの頂けていけれるおかげが頂け、そういう基礎を作るところのです、私共には、絶対責任があるということです。責任を感じなければいけません。只、自分達だけが、有り難いと言うておるだけでは駄目だと。
 昨日、一昨日(おととい)でしたか、秋永先生が、元旦祭の後だったでしょうか、改まってここへ出てまいりましてから、お願いをいたしました。長男が、もう二年ですかね、高校を出ましてすぐ、高校に行きませんでした。中学を卒業しましてすぐ、京都の京染の卸のところで仕事の見習いに行っておりました。そいで、約束は今年の春まで。向こうでは、まいっ時おってほしいらしい。
 自分はどうでもよいとこう言う。けども、先生、考えた。もう商売のことは、私よりも、いうなら詳しくなってきたと。だから、これからは、もう本気で一つ、信心の継承をさせなければならないと。「先生」、二人親子並んでからでございますから、「だから椛目の親先生の仰る通りにする」とこう言うから、「どういう風にさせて頂いたらよかろうか」ということであった。
 「それは、やっぱり信心の継承の方が本当だろう」「だったら一つ、椛目にいっとき修行にやらせて頂いてから、信心の基礎を作ってから、私の信心の継承、商売のいわゆる継承をしたいと思いますから、どうぞよろしくおかげ頂きますように」というお取次を願われた。私はね、この位のものはなからなければいけんと思うですね。椛目の信心の一つの基礎というものはあるでしょうが。
 椛目でこれを体得していけば、あとはこれをいよいよ育ててさえいけばよい、というものがあるでしょうが。だから、それをわからせて頂くまではですね、商売もあれもない。とにかく、椛目で信心の修行をさせて頂きたい、という願いを親子共々に、ひとつお取次を願えれるということが私は素晴らしいと思うんですよ。その位な私は、はまりが、信心の継承には必要じゃないかと思うです。おかげ頂かねばいけません。